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大阪地方裁判所 昭和29年(行)73号 判決

原告 贍日欽

被告 大阪税関長

訴訟代理人 井上俊雄 外三名

主文

原告等の被告が昭和二十八年八月十一日原告等に対し為したる関税徴収通告処分の無効確認を求める請求を棄却する。

原告等の前項の通告処分取消の請求を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一項記載の関税通告処分の無効なることを確認する。若し右請求が認容せられないときは右行政処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告贍日欽は、もと指定輸入生活物資販売業(SPS)を営むオーシヤンストアの経営者、原告許阿雲は、同ストアの業務担当者であつたところ、昭和二十六年十一月頃指定生活物資の輸入に際し、正当に関税を支払うことなく、総額金四百三十一万六千五百八十円相当額の関税を逋脱したものとして被告から告発を受け、起訴せられて、昭和二十八年七月二十七日第一審たる大阪地方裁判所及第二審たる大阪高等裁判所に於て夫々有罪の判決言渡を受けたものである。そこで被告は、第一審判決言渡当時施行せられていた関税法(之を旧関税法という)第八十三条第四項に則り、昭和二十八年八月十一日原告等に対し関税徴収の通告処分を為した。ところが右旧関税法第八十三条は、第一、二項に於て没収を規定し、第三項に於て没収不能の場合に於ける追徴を規定するものであつて、追徴の場合に於ては原価に相当する金額のみとなつている。之は、没収の場合に於ては之を公売することにより少くとも観念上公売代金の中に所定関税をも包含せるものと考え得るに反し、追徴は、没収不能の物の原価に限るが故に、更に第四項に於て関税の徴収を規定したもので、同項は、没収の原則に対する例外たる追徴の補充規定と看做すべく、従つて刑事判決に於て追徴の言渡なき限り旧関税法第八十三条第四項に基ずく通告処分を為すべきものでない。蓋し関税は、物の原価を標準とするに拘らず、逋脱犯の場合には通常輸入の原価を示すべきインポイス等存在しないから、原価の認定は、刑事判決に定められた追徴額によるべきで、税関長の告発処分も之を意図するものと解せられる。然るに本件刑事判決に於ては没収に代る追徴の言渡がないから、右法条による税関徴収通知処分は無効である。仍て之が無効確認を求める。仮に右通告処分が当然無効でないとすれば、之が取消を求めると陳述し、被告の本案前の抗弁に対し原告等が関税法第六十一条以下の規定による訴願手続を取らなかつたことは争ないが、原告等は本件通告処分を受けるや、同年八月三十一日被告に対し再審査の請求を為し且陳情書を提出したところ、被告は、一ケ月以内に何分の回答を為すと答えながら、爾来何等の回答なくその間原告等との間に種々研究調査をなし、未だ結論を得ざるに昭和二十九年春頃に至つて突如本件通告処分の履行を命じ来つたものである。即ち、原告等は、右通告処分に対し正当に審査の請求を為したに拘らず、被告は、三ケ月以内に裁決を与えなかつたものであるから、訴願手続を経ざるに付正当の事由あるものであつて、本訴は適法であると述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、本案前の答弁として原告等は本件通告処分の取消を求めているが、右告知処分に対しては関税法第六十一条以下の規定により先ず税関長に対し審査の請求を為し、その決定に不服あるときは訴願を為し、然て後裁判所に対し出訴すべきに拘らず、原告等は、右訴願手続を経ることなく本訴を提起したのは不適法であるから、却下せらるべきであると述べ、本案に付原告が指定輸入生活物資販売業を営むオーシヤンストアの構成員と責任者であること、被告が原告等の本件関税逋脱事件につき告発を為し、右告発に基ずく刑事事件に於て原告等に対する有罪の判決に追徴の言渡のなかつたこと並びに被告が原告主張告知の通告処分を為したことは、いずれも之を認めるが、その他の原告等主張事実は、之を争う。そもそも貨物を輸入すれば、無税品免税品及輸入禁制品を除き当然に関税を課せられる。そして輸入には申告と免許を要するが、関税は、国の収入を目的とするものであるから、課税に付単に貨物輸入の事実あるを以て足り、その輸入が免許によるか否かは、関税徴収に関係なく、たゞ逋脱又は無免許輸入による貨物の場合には、それが没収せられることにより貨物自体が国の所有に皈し、徴税の必要がなくなるが、没収不能の場合には、その原価を追徴せられると同時に関税を課せられるものとなる。そこで旧関税法第八十三条第四項は、逋脱又は無免許輸入貨物が没収せられなかつた場合に関税納付義務者を定める為没収の規定の条を借りて規定せられたに過ぎない。即ち、没収が刑事裁判の附加刑たるに反し、関税の賦課徴収は、本来行政官庁たる収税官吏の職権に属し、必ずしも刑事裁判を前提とし之に依拠するものではない。従つて旧関税法第八十三条第四項に前項の追徴を為す場合とあるは、刑事判決に追徴の言渡をした場合に限るべき理由なく、縦令判決に追徴の言渡を遺脱した場合に於ても、収税官庁は、独自の権限に基ずき関税の賦課を為し得べきである。この場合課税については収税官庁は、旧関税定率法第二条により輸入貨物の原価を認定すべく、必ずしもインボイス若は刑事判決の追徴額の確定を要しない。仍て原告等の請求は理由がないと述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告贍がもと指定輸入生活物資販売業(SPS)を営むオーシヤンストアの経営者、原告許がその業務担当者であつたこと、原告等が昭和二十六年指定生活物資の輸入に際し関税を逋脱したものとして刑事訴追を受け第一、二審共有罪の判決言渡を受けたに拘らず右刑事判決に於て追徴の言渡のなかつたこと並原告等が被告からその主張の如き関税徴収通告処分を受けたことは、いずれも当事者間に争がない。そして原告等は、旧関税法第八十三条第四項によれば、浦脱関税徴収の通告処分は、刑事の判決中に於て追徴の言渡があつた場合に限るに拘らず、その言渡のなかつた本件に於て被告が為した前記通告処分は法律上当然無効であると主張するから按ずるに、原告主張の旧関税法第八十三条によれば、関税逋脱の貨物は、之を没収すべく、全部又は一部を没収することを得ないときは、その原価に相当する価格を犯人から追徴すべきことを定めているから、裁判所は、関税逋脱の刑事被告事件に付有罪の判決を為すときは、その主刑の外に逋脱貨物に付没収又は追徴の言渡を為すべきことは当然であつて、之を遺脱した裁判は、瑕疵あることを免れない。併しながら、刑事裁判に於て没収及追徴の言渡がない為に犯人が常に逋脱貨物に付関税義務を免れるものと解するのは、たやすく是認し難い。思うに、被告は、収税官庁として独立の権限に基ずき逋脱関税の徴収を為し得べく、逋脱貨物の種類及範囲に於て刑事判決の認定に従属するに過ぎないものと解するを以て最も善く関税収入を目的とする法の精神に適合するものと謂わざるを得ない。本件に於て成立に争のない甲第二号証によれば、本件関税逋脱事件の刑事判決には関税逋脱一覧表を添付し輸入貨物の品名原価を記載し、何等没収の言渡をしていないから、被告が収税庁として輸入貨物につき関税を徴収すべき場合と認定し、本件通告処分を為したのは、正当で、之を当然無効と解すべき根拠は存在しない。そして、原告等が右通告処分の取消を求むるには、須らく旧関税法第六十一条以下の規定に依り審査の請求及訴願の手続を為すべきである。然るに原告等主張の陳情書(乙第一号証)は、之を以て適法なる審査の請求と認め難く、関税徴収通告に対する再審査請求の件と題する書面(甲第三号証)には日附がないのみならず、原告等が正当の事由により訴願手続を採らなかつたことについては之を首肯すべき何等の証拠がない。然らば、原告等の本訴請求中本件通告処分の無効確認を求むる部分は、理由なきものとして之を棄却すべく、その取消を求むる部分は、不適法として之を却下すべきものとし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 角敬)

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